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どうなれば成功なのか?【森博嗣】新連載「日常のフローチャート」第26回

森博嗣 新連載エッセィ「日常のフローチャート Daily Flowchart」連載第26回

 

【個人的な利益を成功と捉える】

 

 さて、人を蹴落として手に入れるものだけが「成功」だろうか? それではあまりにも殺伐として、少々残念な気分になってしまう。そうではなく、自分が喜べるときが「成功」だと考えることもできるはず。勝つことでしか嬉しくなれない人が多いかもしれないけれど、日々の生活の中だって、ちょっとした「喜び」に出会えるし、それも立派な成功ではないか、と指摘したい。

 たとえば、飼っているペットが可愛い、というだけで笑顔になれる時間がある。これは、ペットを飼った人の成功だろう。自分でなにかを作って、ちょっとした工夫が上手くいったときも、確かな成功感が味わえる。このような小さな成功は、何故か「小さい」と認識されがちだ。おそらく、社会的なものではなく、個人的なものだからだろう。周囲の多数から認められるものでもなく、「単なる自己満足だ」といわれてしまうこともありそうだ。

 僕は、むしろそんな小さな自己満足こそが「成功」だと考えている。他者に認めてもらわないと成立しない「成功」よりも、ずっと純粋で確かなものだとも感じる。どうしてなのか、理由はわからないが、子供のときからそうだった。褒めてもらわなくても、自分一人で嬉しくなれる子供だった。それが、そのまま大人になっただけで、特に無理をしているわけでもない。

 他者に依存した成功は、たとえば、「認めてもらえない」「審判が悪い」「ルールが不公平だ」「組織が悪い」「景気が悪い」「政治が悪い」というような不満を生みやすい。自分一人では生み出せない「成功」だからそうなる。また、たとえ成功しても、なんらかの見返りを周囲から要求されたりする。そういう「成功」に、僕はあまり近づきたくない。だから、他者から褒められたりすると、少し引いてしまう方だ。

 注目されたくない、有名になりたくない、人の上に立ちたくない。競争で勝ちたいとか、コンクールで良い成績を納めたいとか、全然思わない。僕はそんな人間だ。

 僕の親父は、「一番になんかならない方が良い」と教えてくれたから、だから僕の子供たちにも同じように接した。子供は2人いるけれど、彼らの成績を見たことがない。「べつに勝たなくても良い」という方針である。

 そのかわりに何が大切なのか、というと、それは「無事」である。子供たちが無事であれば、それで子育ては成功だ。親として、子供の安全を考えることが一番の責務だと思っていた。その子供たちはもう40歳くらいになった。生きていてくれれば、それで充分だし、親として「子育てに成功した」と自己評価できる。

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 〈無駄だ、贅沢だ、というのなら、生きていること自体が無駄で贅沢な状況といえるだろう。人間は何故生きているのか、と問われれば、僕は「生きるのが趣味です」と答えるのが適切だと考えている。趣味は無駄で贅沢なものなのだから、辻褄が合っている。〉(第5回「五月が一番夏らしい季節」より)。

 

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森博嗣

もり ひろし

1957年愛知県生まれ。工学博士。某国立大学工学部建築学科で研究をするかたわら、1996年に『すべてがFになる』で第1回「メフィスト賞」を受賞し、衝撃の作家デビュー。怜悧で知的な作風で人気を博する。「S&Mシリーズ」「Vシリーズ」(ともに講談社文庫)などのミステリィのほか、「Wシリーズ」(講談社タイガ)や『スカイ・クロラ』(中公文庫)などのSF作品、また『The cream of the notes』シリーズ(講談社文庫)、『小説家という職業』(集英社新書)、『科学的とはどういう意味か』(新潮新書)、『孤独の価値』(幻冬舎新書)、『道なき未知』(小社刊)などのエッセィを多数刊行している。

 

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